2008年01月24日
宇宙開発
って昔から行われていたんですねー。
宇宙開発(うちゅうかいはつ、space development)は、宇宙空間を人間の社会的な営みに役立てるため、あるいは人間の探求心を満たすために、宇宙に各種機器を送り出したり、さらには人間自身が宇宙に出て行くための活動全般をいう。本稿で記述。
宇宙開発(うちゅうかいはつ)は、サッカーにおいて、シュートをふかし、ゴールマウスの上へ大きく外してしまうことを差す俗語。1960年代にスポーツマスコミによって用いられ、現在ではファン用語として定着している。
人類が宇宙空間へ進出する宇宙開発の構想としては、19世紀にはSF作家のジュール・ヴェルヌの小説に描かれた砲弾宇宙旅行などがあるが、実現化を目指した研究として、1903年にはロシアのコンスタンチン・E・ツィオルコフスキーが、液体燃料型多段式ロケットや人工衛星、惑星への殖民など宇宙開発の基礎技術を提言した。アメリカでは1926年に、ロバート・ゴダードによる液体燃料ロケット打ち上げが成功している。ドイツでは、1923年にヘルマン・オーベルトがロケット推進に関する実証的理論を提言し、1927年には財団法人としてVfR(宇宙旅行協会)が設立される。
その後、世界恐慌などの影響で宇宙開発の研究は資金不足に陥る。宇宙旅行協会も1934年には散会するが、ドイツでは1929年に陸軍兵務局がロケット兵器の開発に着手し、協会にも所属していたヴェルナー・フォン・ブラウンやオーベルトらが中心となり、1942年には液体燃料を使ったロケット兵器の開発に成功。第二次世界大戦においてはV2ロケットなどが実戦でも使用された。大戦におけるドイツの敗色が濃厚になると、フォン・ブラウンらロケット技術者はアメリカへ投降し、原子爆弾の開発でアメリカに遅れをとっていたソ連も科学者やロケットの実物、資料などを接収し、ドイツで培われたロケット技術は戦勝国へ引き継がれた。
日本の宇宙開発
日本の宇宙を目ざしたロケット研究は1955年、東京大学生産技術研究所の糸川英夫のグループによるペンシルロケットのに始まる。このロケットで発射実験を繰り返して、ロケットの基本的な特性を明らかにしていった。その後これはベビーロケット、カッパロケットへと発展する。
1957年に始まった国際地球観測年の事業としてカッパロケットによる高層大気観測が承認され、これを契機にカッパロケットが日本の観測ロケットとして用いられることとなった。そして1964年宇宙科学研究のための全国大学共同利用研究所として宇宙航空研究所が誕生、科学衛星計画を担当することになりこれまでの観測ロケットはすべてこの研究所が引き継ぎ、新たにミューロケットの開発が始まった。1970年2月日本初の人工衛星「おおすみ」がラムダ4S型5号機によって打ち上げられ、翌年にはミュー4S型ロケットにより科学衛星の1号「しんせい」が打ち上げられて、科学衛星による観測が本格的に始められた。
一方人工衛星の実利用面では、1969年10月に宇宙開発事業団が発足。実利用分野の人工衛星計画とこれを打ち上げるロケットの開発を担当することになった。電離層観測衛星はその第1の目標で、このためのロケットとして、アメリカのソーロケット技術をベースにしたNIロケットが開発され、技術試験衛星「きく」、電離層観測衛星「うめ」などが打ち上げられた。
2003年10月1日付けで日本の宇宙開発3機関(文部科学省宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団)を統合して宇宙航空研究開発機構が設立。現在H-IIロケット、PLANET計画、スペースプレーンなどの計画が存在する。
(以上、ウィキペディアより引用)
なかなか宇宙は遠いですねー。
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